目次
初めに
こんにちは。
スクタプの開発・運営を担当している吟遊堂です。
今回は日本文学豆知識の第3弾として、日本文学における時代区分について話していきたいと思います。
日本文学で使用される時代区分は、一般的な歴史の区分とは名称などが異なります。
そのため、今回は日本文学で使用されている時代区分の具体的な名称や該当する時代について紹介していきます。
後半では、近代文学を取り上げて、その始まりを詳しく見ていきたいと思っています。
近代文学のスタートは、他とは少し性質が異なるんですよ。
早速、時代区分にはどのようなものがあるのか、話していきましょう。
時代区分の考え方
日本文学における時代区分とは、あやふやなものです。
これを最初に言ってしまうと、これから書かれる文章はなんなんだと思われる人もいることでしょう。
しかし、日本文学の時代区分について考えるうえで、この認識は重要なものです。
あやふやというより、定まった正解が存在しないと表現した方がいいかもしれません。
資料によっては、同じ名称でも該当する年代が微妙にずれていることもありますよ。
なぜかというと、そもそも正解が存在しないからというのが大きな理由です。
例えば、令和はいつから始まったのかというと2019年5月1日からですよね。
この日付は、説明する人によって変わることのない事実です。
これは歴史における時代区分だからこそ、正確な日付が存在しているのです。
令和に限らず、平成、昭和、大正とさかのぼっていっても、具体的な時代の始まりの日は存在しているはずです。
昔になればなるほど、資料が減ってあいまいになっていくことはありますが、それでも最初の日は存在していたのではないかと思います。
ところが、文学における時代区分というのは明確な始まりがほとんどありません。
長い目で見たときに、このあたりは同じような時代だと思うことはあるでしょうが、明確な日付はないのです。
身近なところで言うと、「平成はこうだった」「ここが令和とは違う」というイメージは、最近になってようやく形になってきたのではないでしょうか。
文化的な面から見て、2019年4月30日と2019年5月1日に差はありません。
その日1日を境に、描かれる物語に何かしらの違いが生まれたのかというと、そうではないのです。
しかし、年が経るにつれ、ゆっくりと文学的な意味での「平成」と「令和」が分かたれていきます。
そうなると、平成の文学と令和の文学はどこを区切りとするべきなのでしょうか?
答えを出すことは難しいですよね。
平成最後の日の物語は平成の文学ですが、おそらく令和最初の物語も傾向は平成の文学だったはずです。
歴史的な時代区分とは異なり、令和になったからといって令和に生まれた物語のすべてが令和の傾向を持つ文学とは呼べないのです。
直近のものですら明確な定義を行うことができないのですから、古く千年前にまでさかのぼる文学史の時代区分があいまいになってしまうのもしょうがないことですね。
そのために、資料や研究者によって時代区分の定義が異なるといった状況が生まれるのです。
日本文学史を分ける
それでは、日本文学ではどのような区分けを行っているのかという、具体的な話をしていきましょう。
とはいえ、先ほどの解説の通り、厳密に決まったものはありません。
場合によっては、名称すら異なることもあり得ますから、その点はあらかじめご了承ください。
時代区分は、大きく分けると次の形になります。
- 上代(平安時代以前)
- 中古(平安時代)
- 中世(鎌倉時代~安土桃山時代)
- 近世(江戸時代)
- 近現代(明治時代以降)
何度か触れていることですが、諸説あります。
この記事を執筆するにあたって記憶を掘り返しつつ、資料も調べていますが、揺れの大きさに驚くばかりです。
「平安時代後期の文学は中世ではないか」
「安土桃山時代は中世なのか近世なのか」
「近現代は近代と現代に分かれるのではないか」
ざっと見ただけでも、このような突っ込みどころがあります。
なので、この区分も「そういう分け方もある」という程度に見ていただきたいです。
私が特に学んでいたのが近現代なのでこの時代の話をすると、近代と現代の境目はどこかというのはよく話題に上がっていた記憶があります。
分け方として印象に残っているのは、
- 戦前と戦後
- 昭和と平成
- 1999年と2000年
辺りでしょうか。
覚えていないだけでほかにもあったかもしれませんね。
正解はなく、定義もあいまいなので、基本的にこれらの説はどれを採用したとしても間違いと言われることはありません。
立場を明確にすることは求められますが、それ以上のものはなかったと記憶しています。
このように、近代文学の終わり、言い換えると現代文学のスタート地点については意見が分かれています。
一方で、近代文学の最初については、かなり明確なんですよ。
次の章では、近代文学のはじまりについて見ていきたいと思います。
近代文学のはじまり
ここまで、時代区分はあやふやだという話を続けてきましたが、近代文学のはじまりについては具体的な年を出せるんです。
日本の近代文学は、坪内逍遥の『小説神髄』(1885-1886年)を出発点とします。
『小説神髄』は「近代文学最初の文学論」であって小説ではありませんが、基本的に起点となるのはここです。
その『小説神髄』に影響を受けて書かれた、二葉亭四迷の『浮雲』(1887-1890年)が日本の近代文学における最初の作品と言われています。
実は、坪内逍遥も『小説神髄』の理論を実践化した作品として『当世書生気質』(1885-1886年)という作品を執筆しています。
こちらの方が先の出版ではあるのですが、この作品が近代文学最初の作品と言われていないのは理由があります。
この作品、どちらかというと近世文学に近いんですよね。
近世文学の中に戯作と呼ばれるジャンルがあります。
江戸後期の通俗小説などを指すジャンルで、洒落本や滑稽本、人情本などが該当します。
娯楽を主とした作品のことですね。
『当世書生気質』はこの戯作の流れを継いでいて、引きはがしきれなかったのです。
先駆的な作品であることには間違いありませんが、近代文学最初の作品と呼ぶのは『浮雲』の方になります。
このように、『小説神髄』から始まるのが近代文学の特徴です。
ここまで明確にきっかけがあるのはとても珍しいということもあって、今回章立てして解説を行いました。
終わりに
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
今回は、日本文学史における時代区分の扱いや種類、そして近代文学の誕生について話をしてきました。
正解がないことが特徴でもある文学ですが、時代区分も明確なものがないと思うと、考えることが多くて驚かされますよね。
しかし、それが文学の面白さでもあるのだと思います。
時代が変われば作品の傾向も変わりますが、いつの時代にも面白い作品はあります。
便利な時代ですから、ずっと昔の作品であっても読もうと思えば読める作品はいくつもあります。
気になる作品は、ぜひ手に取って確かめてみてください。